3月11日が近づくにつれ、メディアでの地震特集記事や番組も増えてきたように思う。先日も北海道で震度6弱の地震が発生したばかりであるが、ふと武藤先生が昨年11月にScienceに投稿された米国カリフォルニアの最新緊急地震速報システム(ShakeAlert)についてのScience e-letterのコメントをを思い出した。今週末は他のテーマも執筆中ではあるものの、旬なテーマであるのでこれを先にUPさせたい。
今回取り上げる雑誌Scienceの記事はPaul Voosen 著 ”Moments to spare” である
Science 02 Nov 2018: Vol. 362, Issue 6414, pp. 514-517掲載
(図書館でコピーをしました)
米国は国全体が地震国というわけではないこともあり、緊急地震速報システムへの取り組みはこれまでは最先端ではなかった。国全体でこの緊急地震速報システムを備えている国の代表格は日本とメキシコであり、過去のScineceやNatureにも”大森の公式”や金森氏など多くの日本の学者が優れた論文を発表してきている分野である。今回取り上げる論文では、アメリカのEWWS開発への取り組みが2011年3月11日の東北大震災の発生後に大きく変わって来たと指摘している。どう変わったのかを見て行こう。
武藤先生は、この分野のアメリカの最近の取り組みについて 今回のPaul Voosen氏の記事から
次の3点にまとめておられる。
(1). この10年間以上の米国でのEWWS開発への取り組みは、国全体というよりも重要インフラでである地下鉄やカリフォルニア州の地方自治体等が中心となって進めてきたが、リアルタイム情報を活用している。
(2) しかし、米国地質調査研究所(the United States Geological Survey (USGS))はこのシステムのアプリ開発予算を絞ってきており、またアプリも公開されてこなかった。
(3) しかし、最近になってようやくこのアプリを活用した民間によるビジネスが出て来ている。
ShakeAlertとは
ShakeAlertとは この分野のアメリカの最近の取り組みが支援しているUSGSが2018年10月に稼働させた米国で最初の実験的な緊急地震速報システム(EEWS=Earthquake Early Warning Systems)である。このシステムは、地震の始まりを検知して、地域の重要な公共インフラへ数秒で警告を発することができる。センサーネットワークが南カリフォルニアで張り巡らされ、今後は米国西海岸や太平洋岸北西部に広がろうとしている。
ShakeAlertシステムの内容を理解する
その目的は予測ではなく、発生後に素早く発生場所の特定と重大度を検出し、なんと1秒以内
に、地震の発生場所と重大度を検出し、一般の人々の携帯等に直接その存在を警告することが
できる段階に来ていることにある。これだけだったら、日本の気象庁の緊急地震速報でも2007
年以降できているのであまり驚きには値しない。
日本の気象庁の緊急地震速報システムの内容を見てから、ShakeAlertを見て見よう。
(日本の気象庁のページ)
https://www.data.jma.go.jp/svd/eew/data/nc/shikumi/shikumi.html
ShakeAlertシステムのメカニズムの概要
【解説】(「絵でわかる地震の科学」井出哲著 講談社より引用)
P波:ゴムのように体積全体が伸びたり縮んだりする形で変形する縦波
S波:全体の体積は変わらずにずれる形でねじれるように変形する横波
P波はS波より早く伝わるので、地震の揺れはどの地点でもまずP波が観測される。
・より正確に地震の強度とサイズを予測するために
(最初のP波の情報だけからは地震の規模(マグニチュード)を正確に予測することは
できないようだ。)
そこで、断層全体のすべり具合を「地震の振幅」と「揺れの最初の兆候の周期」を使用する
ことによって正確に地震の強度とサイズを予測させるアルゴリズムを独自に開発している。
米国の最近の動きがすごいのは
ShakeAlertそのものより意識が変わったこと
Paul Voosen氏のScienceの記事からみて行こう。
・2011年3月11日の東北大震災により、日本では緊急地震速報システムが約50百万人へ通報が
されながら、最終的に津波による16,000人を超える死者を出し、都心の交通がストップした。
・この1ヶ月後にアメリカの地震専門家たちは、UC Barkleyに2日間の緊急サミットを開催し
ShakeAlertシステム開発資金(約7億円)の支援を勝ち取りプロトタイプの開発に着手する。
・日本の東北震災と同じことが起きた場合を想定して、そのシステムにより検知、場所と規模の
特定、そして速報をいかに早く広く送れるかが目標とされた。
・その際に、日本の緊急地震速報システムができなかったことも徹底的に分析されている。
当時の日本の緊急地震速報システムが、その地震をその発生地点(Single Point)での検知しか
できなかったこと、裏を返せば、断層すべりの対象となっている地層全体がどれくらいの規模
かの算出において、そしてマグニチュードの算出においても、過少評価してしまった点を
あげている。(東北での震源地から400km離れた東京地域でも3分以上の揺れが続いた。)
その結果、Heaton博士を中心とするShakeAlertの開発チームは精密な地震シミュレーション
システム(the Finite-Fault Rupture Detector (通称 FinDer)を開発し、米国で東北震災が発生
したと想定した場合でもきちんと結果が出るレベルまで作り上げてきた。
すごい!他山の石ではないが過去の経験と失敗から、再発しないように国をあげて対応している。
Paul Voosen氏のScienceの記事から(専門家ではない私でも)読み取れることは
・発生した時点での地震からの初期微動の情報からでは、その地震の大きさと速さを正確に測定
予測することは困難であることであるが、過去の研究(Science 2003 Allen & kanamori)で
最初のP波(縦波)の1周期の時間と最終的な地震のマグニチュードとは相関関係にある
が提示されたことを受けて、Heaton博士はその最初のP波の数秒を使った検知システムの
開発に着手し、上述のFinDerを作り上げた。まさにVirtual Seismologistの誕生である。
・そのため、地層の中で起こる断層の破壊と摩擦によって発生する地震波をその断層全体の
データをリアルタイムに集めることが必要である。そのための最先端の技術として
GPSセンサーを活用していること
・最後には、そうしたリアルタイムの分析にはAIの活用を進めており、
また記事にあるように、EWWSのアプリが民間に公開され始めている点である。
どうだろう、日本は比較したら、どういう評価になるのだろうか?
(興味深いところではあるが、私は専門家ではないのでこれ以上は踏み込まない)
武藤先生からの警鐘
武藤先生は、e-letterの最後でこう触れておられる。
緊急速報システムは確かに3.11以降に携帯でもメッセージが受けられるようになってきているが
技術進歩に追いついていないのが問題であり、携帯に簡単にダウンロードできるようなインターネット環境を駆使した開発プロジェクトへの見直し等の柔軟な対応が必要であり、過去の計画のまま進めるのは税金の無駄使いと警鐘を鳴らされている。
わかったこと
国家主導のプロジェクトで政府からいかに研究予算を獲得するかが生命線だった分野においても
デジタル社会やインターネットの普及により、その姿は徐々に変貌を遂げている。
かつて地震国の日本が大きく貢献してきていた地震の科学分野においても、米国は追いつき、追い越せで、民間の投資やビジネスを巻き込んで拡大を続けている姿を垣間見た気がする。
おそらく、米国の民間企業のターゲットは、日本やメキシコ、イタリア そして中国であろう。
もたもたしていると、世界中の携帯が米国のアプリをダウンロードし、世界中のGPSデータが集められる環境が、ここでもできてしまうのではないか?
機会があれば、日本の気象庁や民間レベルでの取り組みも見て行きたい。
以前このブログでも取り上げたコウモリと蛾の戦いについての論文でも見たが、
Scienceに掲載される論文では、専門分野のVirtual Simulationの構築の話が多数でてくることに気づく。大きな装置を買わなくても、場所も取らない環境で(どこにいても)研究ができる、そんな研究スタイルが最先端を走るエンジニアの姿なのかもしれない。